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希少な国産蜂蜜 平岡養蜂園<前編>

2012年5月24日徳島県鳴門市の平岡養蜂園さんを訪問しました。

(↑)平岡恭一さん(80歳)/徳島県鳴門市養蜂を始めて約36年の大ベテラン。

 

 

5月末頃は山の蜂場(蜜を集めるために巣箱を置いておくところ)の段取りでお忙しい時期にも関わらず、快く訪問を受けて下さいました。大鳴門橋を渡り鳴門インターを降りたところで待ち合わせ。挨拶もそこそこに蜂場に向かいました。播磨灘に面した海岸線から山に向かって登り道へ。民家も無くなった先に、蜂場はありました。そこは丁度谷間になる場所で、5?6本のハゼの大木が枝を広げ、1反ほどの広さの心地よい空間を作っていました。丁度新緑の屋根が被さっているようです。その下にみつばちの巣箱が20個ほど置かれ、それぞれの巣箱からみつばちが忙しそうにさかんに出入りをしています。

 


 平岡さんは昭和7年生まれで今年80歳。全くそう見えないお元気な様子を拝見するに、日々蜂蜜を扱われているからかと想像しました。養蜂歴は35?36年になるとのことで、センターには10年以上に渡って出荷してくださっています。一般的な養蜂家のような転地養蜂(花を追って全国を移動する養蜂)ではなく定置養蜂です。これは養蜂専業の方として珍しいそうです。冬の間、巣箱を越冬させる時も徳島の中で完結し、平岡さん自身も「ほとんど徳島から出たことはないなぁ」と、まさに徳島密着です。5月現在は鳴門市を中心に5箇所の蜂場にそれぞれ15?20個、合わせて80-90個の巣箱を置いています。数年前の異常気象で蜂の数が激減し、蜂蜜の生産量は大幅に減って、ここ数年は年内に在庫が無くなってしまうほど少ない状態。センターにも限定数しか入荷しませんでした。今年、ようやく巣の数が持ち直してきたと思った矢先、農協の依頼で放蜂に行った梅園で農薬被害に遭い、大きな損害(13個の巣箱が全滅)を出したとのこと。放蜂時期に農薬は使わないという取り決めで行ったのに、農協の成員で無い方が殺虫剤を使用したそうで、平岡さんも憤まんやるかたない様子でした。


巣箱の中を拝見 意外とおとなしい蜜蜂たち

 

「せっかく来たんだから中を見ていくよね」と、巣箱を開けて見せて頂けることになりました。巣に近づく前に「巣箱の正面には立たないこと」と2度ほど注意を受けました。不用意に巣の前を横切り門番の蜂に敵と認められてしまうと襲撃される危険性があるそうです。平岡さんは巣箱の横に立ち、まずコンコンと軽く巣箱を叩きました。「こうやって何かあるぞと伝えておくと蜜蜂も慌てないからね」と。その後、蜜蜂が出入りする所(巣門)から燻煙器で煙を2から3度吹き込みました。燻煙器は蜜蜂に煙を吹きかけるための道具です。丁度縦長のヤカンにふいごが付いたような形をしています。燻煙器の煙は、私は何か特別なものを燃やすのだと思っていたのですが、実は普通の新聞紙(ただの紙でもよい)や麻袋の切ったもので、「煙だったら何でもいいんだよ」とのことでした。煙をかけられた蜂は不思議とおとなしくなるので、燻煙器は養蜂には欠かせない道具です。巣箱の蓋を開けると巣枠(この中に六角形の集合体(巣板)が整然と並んでいます)が9枚ありました。

その上から、再度、煙を柔らかく吹きかけると、「うわーん」と蜜蜂たちが羽音を立てます。それが静かになったところで、平岡さんはゆっくりと枠をずらした後、「おもしろい物を見せてあげる」と言いながら中央の一枚を取り出しました。それは、新しい女王蜂を育てさせるための特殊な巣枠で、「王台」という女王蜂が育つための特別室を人工的に設置してあるものです。ここで新しい女王蜂を育てさせ、それで群れを分けたり蜂群の勢いを強めたりして蜂を増やしていくのです。巣板にはたくさんの蜜蜂がいて、王台には働き蜂が群がって団子のようになっています。これが全て飛び出してきたらすごいことになるなぁと思いましたが、蜂たちは意外とおとなしくて、例えば巣箱を引き上げ揺すったとしても、大騒ぎして一斉に飛び立つということはなく、むしろボトボトという感じで巣箱の中に落ちていきます。顔を刺されると大変なので覆面布は欠かせませんが、変なことをしなければ刺されることはありません。実際平岡さんは全ての作業を素手で行っていて、蜜蜂をなでたりもしていました。(次回へ続く)




 


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