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農薬の移り変わり

奪われし未来

1965年にレイチェル・カーソン著「沈黙の春」が出版されました。

「春がきたが、沈黙の春だった・・・自然は、沈黙した。うす気味悪い。鳥たちは、どこへ行ってしまったのか。みんな不思議に思った。裏庭の餌箱は、からっぽだった。ああ鳥がいた、と思っても、死にかけていた。ぶるぶる体をふるわせ、飛ぶこともできなかった。春がきたが、沈黙の春だった。」

という出だしの部分が強烈で、多くの読者の記憶に残っている部分であると思います。

その当時PCB・DDT・ダイオキシン等、化学物質が農産物から検出され大きな社会問題となりました。その30年後「奪われし未来」という本の序に、当時米国の副大統領であったアル・ゴア氏はレイチェル・カーソン女史が晩年に行った講演での発言、

「この恐るべき化学物質から逃げおおせている人など誰一人としていません。実際、この化学物質は、動物実験を通じて、きわめて有害であり、その影響もますます増幅されていくことが裏付けられているのです。汚染は、誕生とともに、あるいはすでに母体にいるときからはじまっています。ですから、この実験に対する基本姿勢を改めないかぎり、この状況は一生涯変わることはないでしょう。実験の結果がどうなるかは、ふたを開けてみるまでは誰にもわかりません。それは、道しるべとなるような先例が何一つないからなのです」

と引用されています。

 

「奪われし未来」には、今まで考えても見なかった環境ホルモン、内分泌系攪乱物質について言及しています。畜産においは、DES(ジエチルベストロールベストロール)が大量に飼料に混入されたり、体に注入したりして、家畜を短期間に太らせる目的で使用されています。また農薬として使用されていたDDTに女性ホルモンのエストロゲンさながらの作用があるということで、環境ホルモンとして生態系を狂わせているといわれています。


多種多様の農薬

戦後私が子供のころ、家中はおろか、頭のてっぺんから足の先までDDT、BHCをかけられたことがありました。1955年頃には、水田にはDDTやBHC、パラチオンとかホリドールなどの農薬が撒かれ、その稲わらは牛の飼料に用いられたため、牛乳や母乳からも上記の農薬が検出されるようになりました。ホリドールなどは田畑で使用する以外にも、いわゆるポストハーベストハーベストとして、収穫後の茄子に鮮度保持の目的で2,000倍溶液に浸け込んで出荷されていたということです。多種多様の農薬がこの狭い国土で大量に使われていました。


「アドバンテージ」という農薬を苗箱の中に散布すると、田植えをした後イネミズゾウムシがその苗を4mm食べると死ぬといわれていました。ダイアジノンなどの農薬は、葉っぱについている虫に直接散布するのではなく、大根などの植わっている畝に溝を切って粒剤を撒き土をかぶせます。根から水分と一緒に葉先まで運ばれ、食害した虫が死ぬというもので、人目には何時散布されたかわかりません。このように葉の先まで農薬の成分が運ばれるという、農薬もあるのです。


悪魔の新・農薬『ネオニコチノイド』

2008年6月に出版された、「悪魔の新・農薬『ネオニコチノイド』」によると、次々と恐ろしい農薬が開発されているということです。この新・農薬は松くい虫の防除や、他の目的などで空中散布が行われ、ミツバチの大量死が問題となっています。ミツバチの神経系と人間の神経系はそっくりということなので、「神経毒」であるネオニコチネイドで「ミツバチが狂う」ということは、「人間も狂う」可能性があると言われています。従来の有機リン剤系、カーバメート系の農薬は、神経の伝達を阻害して虫や人が死ぬものでしたが、ニコチンやニコチノイド系殺虫剤の神経毒性パターンはこれらと異なり、神経を興奮させ続けることにより、死に至らせるというものです。数箇所の地方自体では農薬の空中散布を止めさせているところもあるようですが、国はもっと国民の健康について責任を持って対処しなければならないのではないかと思います。国は有機農業推進法を作ったのですから、責任を持って実行していただきたいと考えています。


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